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東京地方裁判所 昭和40年(むのイ)429号 判決

被疑者 中田友也

決  定

(被疑者 氏名略)

右被疑者に対する公職選挙法違反被疑事件につき警視庁原宿警察署司法警察員等が昭和四〇年七月六日東京簡易裁判所裁判官伊藤太一郎の発した捜索押収令状に基きなした中田友也宅の捜索押収処分及び中田友也の勤務先医療法人代々木病院事務室及外科診察室の捜索押収処分に対し右請求者から準抗告の申立があつたので当裁判所は左の通り決定する。

主文

(1)  警視庁原宿警察署司法警察員高橋長年が被疑者中田友也宅で別紙目録(一)記載の物件についてなした押収処分を取消す。右司法警察員は右物件を中田友也に返還すること。

(2)  申立人等のその余の準抗告の申立を棄却する。

理由

一、本件準抗告申立の趣旨及び理由は右申立人等作成の準抗告申立書記載の通りであるからこれを引用する。

二、よつて先づ中田友也宅の捜索押収について考察する。

(1)  一件記録を検討し尚当裁判所の事実取調の結果を総合すると昭和四〇年七月六日午前六時、警視庁原宿警察署司法警察員巡査部長高橋長年は、東京都小平市仲町五〇の一四中田友也宅に於て、東京簡易裁判所裁判官伊藤太一郎の発した捜索押収令状に基き、別紙目録(一)記載の物件につき押収したこと、及び右捜索押収令状には中田友也に対する公職選挙法違反被疑事件につき「東京都小平市仲町五〇番地一九号中田友也方居宅及び附属建物」を捜索し「一、メモ、日記、手紙 二、その他本件に関係ある文書、物件」を差押えることを許可する旨が記載されていたことを認めることができる。而して中田友也、及び中田きみ代は自分等の住所は小平市仲町五〇の一四であるのに令状には同町一九とあるから真実の住居番号と異つた令状に依り捜索押収が行われたのであつて、その点からだけでも違法であると云うけれども、令状記載の住居番号は要するに中田友也の住宅を特定する為に記載したものであり、別に一九号にも中田友也の住宅がある場合ならばいづれを指定したか不分明であるから違法になることもあろうが本件の場合は別に同町五〇番地一九号に中田友也宅がない以上はそれは要するに誤記に過ぎないのであつて中田友也の住宅を指定した趣旨であることは十分窺知し得るところであり、その令状に基いて真実の住宅につき捜索押収を行つたことを違法ということはできない。当裁判所が中田きみ代に人定質問をした際にも前には一九号であつたが一四に改正になつた旨を答えていたことでもあり警察の調べが不完全であつたことは間違いないが、その為に令状の効力又はその令状に基く執行の効力に影響あるものとは言い得ないから、その点を理由とする違法の主張は採用し難い。

(2)  ところで、右押収物件は、被疑事件と無関係であるというのが申立人等の準抗告の最も大きな理由であると見られるので、その各個のものについて検討する。

(イ)  名刺(松本三益より中田友也宛)一枚

これは名刺に記載された文面から見て、松本三益が他人を中田友也に紹介してよろしく頼む旨依頼したものと認められ、中田友也も松本三益が患者を紹介してよこした名刺に過ぎないと述べている。高橋長年は、松本三益が日本共産党の党員であり、中田友也の被疑事実は同人が日本共産党から参議院議員選挙に立候補した春日正一、野坂参三の為に戸別訪問をしたというにあるから関係があると認めて押収したと述べているが、右の紹介された人物が戸別訪問の相手方であつた場合又はその他何等かの関係ある場合ならば格別その事実の認められない本件に於いては関係ないものとして当然除外すべきものと認められる。

(ロ)  野坂参三事務所開設案内状 二枚

これは一一月一八日という日附があること。及びワラ半紙の色が黄色に変色していること。裏面には図案らしきものが記載されていること等から見て、本年の参議院議員選挙に関係あるものではなく、少くとも昨年以前の野坂参三事務所開きの挨拶状であると認められ、中田友也も前回の選挙の時のものであつたと思うと述べ、中田きみ代も自分が婦人服の製作の為に裏に図案を描いてみたもので寝室の婦人雑誌の間に入れておいたものだと述べているから関係ないものとし除外するのが相当であろう。高橋長年は、発起人として中田友也が名を連ねているから関係ありと認めて押収したと述べているが、過去の選挙のもので、文面からみても今回の戸別訪問と関係ありとは思われず、しかも中田きみ代が反古紙として裏面を使用しているものを関係ありと認めるには然るべき理由がなければならないのに、その点で特段の理由のない以上前記の如く除外するのが相当である。

(ハ)  細胞総括資料六三、九、二四と記載あるもの一冊

この中には成程二、活動総括の部に(2)地方選挙についてと題する記載があり、三、当面の方針の部分にも(2)衆議院議員選挙についてと題する記載もあるけれども、表紙を見ると六三、九、二四という記載があつて一九六三年九月二四日現在に於いて、それ以前の細胞活動の情勢分析を行つたものであることが窺われるので、少くとも、今回の参議院議員選挙について直接の関係があるとは認められず、従つてこれまた除外するのが相当であろう。高橋長年は、共産党の細胞の活動に関する資料であるから関係ありと認め押収したというのであるが、その程度の間接な関係で関係ありとして押収を認めるべきかは被疑事実との関係で考えてみなければならないところである。ところで本件では被疑事実は単純な戸別訪問という形式犯であり又右文書の記載内容と対比して見ても特に戸別訪問の立証として役立つと思われる記載もないから後に述べるような捜索押収手続についての瑕疵と相俟つて押収しないのが相当であると認める。一般に云つて捜索押収に当つて甚だ関係の薄いものまでが押収せられる傾向があり、それは落着いて検討する暇のない執行時には或る程度やむを得ないことであるが、後で検討して見て関係の稀薄なものは返還するのが適当と思われる。

(ニ)  代々木病院第二期建設計画及び収支予想表六枚

これは代々木病院の拡張計画についての文書であることは記載の内容から見て明らかであるから除外するのが相当である。

高橋長年は、資金関係の記載があるから、選挙の金などとも関係ありと認めて押収したと述べているが、前項に述べたと同じく左様な間接的の関係で所謂関係ありと認めるのには然るべき理由(例えば買収事犯の資金の出所に関係ありと認められる如き事情)がなければならないのに、これがないから前記の如く除外するべきである。

(ホ)  討議資料(案) 四枚

これまた記載内容から見て、被疑事実と関係ありとは認められず、中田友也も病院の拡張計画を討議する資料の案であると述べている。

高橋長年は、前項と同じ理由で押収したと述べているが、首肯するに足りない。

従つてこれも除外するのが相当である。

(ヘ)  ノート(特A4)外科35、10、11と記入のもの一冊

これは記載内容に徴すると民主医療連盟の活動等についてのメモと見られるが、格別今回の選挙に関する記載があるとも見られない。

高橋長年は中田友也が関係している民医連の活動についての記載があるから関係ありと認めたと述べているが、これまた首肯し難い。

従つて、これは除外するのが相当であろう。

(ト)  講義要綱代々木病院細胞委員会のもの一冊

これは記載内容から見て共産主義に関する講義用のテキストであると認められ、中田友也もその旨述べている。

高橋長年は、野坂参三、春日正一は日本共産党から立候補しており、中田友也はこれを応援する為に戸別訪問をしたのであるから、関係ありと認めて押収したと述べているが、左様な間接的な関係だけで押収するのは不当である。従つて除外するのが相当である。

(3)  右に述べた通り中田友也宅で押収したものは、いずれも被疑事件とは関係ないものと認めるのが相当である。一般的に言えば、何が被疑事件に関係ある証拠物であるかを判断するのは、令状に依つて押収を許可された捜査官の権限の範囲内ではあるけれども、それには自から合理的に考えて首肯するに足る理由がなければならないのであつて、苟も恣意に亘ることは許されないところ、中田友也宅の押収物はいずれも前叙の如く首肯し得る理由がないので、その点からだけでも違法不当のものとして取消を免れないものと謂うべきであるが、右捜索押収については尚、後に述べるような不当な点があるので、その点も併せ考えなければならない。

(4)  捜索押収手続について申立人等が主張する準抗告理由は大別して四つあるのでその各々について考察する。

(A)  寝室のプライバシーを言々する点は、全く予告もなく寝室に無断侵入するようなことがあれば、所謂プライバシーの侵害になることもあろうが、本件の場合はそれと異り、寝室を整理するからしばらく待つてくれというのにそれを許さなかつた点にプライバシーの侵害があるというのであつて、左様な場合に若しこれを許容しなければならないものとすれば、場合に依つては(一般論であるが)整理に名を借りて証拠物の隠滅行為が行われることもあるから、これを許容しなかつたことが直ちにプライバシーの侵害になるとは言い難いであろう。従つて、その点が基本的人権の侵害になるとは認め難いのでこの点を理由とする申立は採用し難い。

(B)  令状を示したか否かの点については、警察官側と中田友也夫妻の言い分が相対立して真相は仲々掴み難いが、代々木病院の捜索押収と比較してみて、後者の場合は令状を示したか否かについてあまり文句が出ていない(尤も、代々木病院の立会人石垣堅吾も、最初は一寸見せただけであつたが、更に要求してそれを手にとつてよく見たという)のに中田友也宅の場合は強い苦情が出ている点から考えて、少くとも示し方が甚しく不親切であつたことは推測するに難くない。従つて、この点も若干の疑問はあるが、前後の事情を綜合すると呈示がなかつたとまでは言い切れないので、この点を理由とする申立は採用しない。

(C)  一斉捜索の為に立会を完全に行い得ない状態であつたのは違法であるとの点及び、捜索押収が不当に多数の係官によつて行われたのは違法であるとの点は相関連するので一緒に考察する。

証人高橋長年、中田友也、中田きみ代の取調の結果を綜合すれば中田友也宅の捜索押収は、私服一四名、制服五名計一九名の警察官が動員され、制服警官は外部の警備につき、私服警官一四名が内部に入り行われたものであること、その捜索押収が大袈裟であつた為に近隣の者が朝六時頃から七時四〇分頃までの早朝であつたに拘らず相当周りに集つたこと、家屋内の捜索は右私服警官が手分けして殆ど同時に一斉に行われたこと、中田友也宅は住宅街の二二坪の平屋建で、住人は中田友也夫妻のみであること等を認めることができる。

高橋長年は、捜索は一斉に行われたのではなくて、順次部屋毎に行われたと述べているけれども、それは情況上甚しく不自然であり(何故ならば、若し順次執行するとすれば一時に一室に右に述べたような多数の係官が入ることは却つて捜索活動の支障を生ずることは明らかであるからである)、寧ろ中田夫妻の言う如く一斉に行われたものと認めるのが相当であろう。

何故に左様な多数の警官を動員したのかとの質問に対して高橋長年は、一般に何人の警官を動員して捜索押収を行うかは、捜索を行うべき場所の広狭や捜索押収を受けるべき者の経歴、人柄等を考慮して定めるが、中田の場合、共産党に関係している者であり、妨害等の為に捜索押収に支障を生ずることをおそれて右のような人員になつたと思うと述べている。しかし、中田宅の場合、場所的関係は住宅街の二二坪の住宅だけであつて、格別広範囲とは考えられないし、又妨害を受ける可能性についても、特に左様なことが予想されるような具体的危険が現存していなかつたことは高橋長年も認めているのであるから右の捜索押収は通常の場合に比較して著しく過大な人員に依つて行われたものと言わざるを得ないであろう。(代々木病院の場合は、病院という特殊な環境でもあり、多数の者が集つているので、或る程度の警戒体制は必要かも知れなない。)その故に申立人等は、この捜索押収は、中田友也が原宿警察署長及び他の警察官二名を威力業務妨害及び公職選挙法違反罪として東京地方検察庁に告訴告発したことに対するいやがらせ的な報復的捜索押収であつたと主張するわけであろうが、見方に依つては左様な解釈も出来ないことはない程に一個人の私宅に対する捜索押収としては異状に多数の係官が動員されたと見られるのである。(尤も若しそれが、兇悪犯人が私人宅に隠れているとか、暴力団の本拠を捜索するとかいう場合であればその捜索に多数の警官を動員することも当然であり、社会の人もこれを肯認するであろうが、戸別訪問の嫌疑の為にメモとか日記類とか選挙関係の文書物件を押収するために私人宅を捜索するのに何故それ程の大人数を動員する必要があるのかは捜索を受ける者の側から見れば社会の大多数の人は到底理解し得ないであろう)。

本件は捜索押収令状の執行に関する問題であるから所謂強制処分に属するが、法の認める強制処分であつてもその強制力の行使は無制限なものではなく、合理的に考えて必要な最少限度に限られるべきものであることは基本的人権の尊重をうたつた憲法下の捜査の一般原則に照し、疑いがないところである。即ち、警察権力の行使については一般的に警察比例の原則が認められているのと同様に司法警察権の行使についても捜査比例の原則が認められるべきであつて、捜索押収についても、これを受ける者に過大な負担を生ぜしめるような強制力の行使は許されないものというべきである。

左様な見地から見る時、本件の捜索は仮に違法とまでは言い得ないにしても、不当というべきであるが、尚、この場合、不当に多数の警察官が一斉に捜索に従事した為に立会の点でも法の規定が期待したような状態であつたかについて多少の疑問が残るのである。即ち、五部屋に於いて一四名の係官が一斉に捜索に着手する時は、二人の立会人では(間取り、隔壁等の関係で事情は異なるが、本件の場合は中田家の間取状況に照して判断する)立会人が到底全部これを見守ることも出来ない状態を生ずるのは明らかであつて、本件の場合も正に左様な苦情が生じているわけである。そして、その為に現金の紛失の疑いということも生じたわけであり(当裁判所が中田きみ代を調べたところでは、同人は出納簿もつけていないし、俸給袋に入れておいたという現金の額についても記憶だけであつて、確認すべき資料がないので、果して紛失の事実があつたかどうかは確認できず、中田きみ代自身も断言はできないとのことであつた)、立会ということも決して形式的に理解すべきではなくて、実質的に立会人が十分立会の目的を達し得るような情況を与えなければならないものと解すべきところ、その点でも欠くるところがあるから矢張り不当なものと見るべきである。

三、次に代々木病院に於ける捜索押収について考察する。

(1)  一件記録を検討し尚当裁判所の事実取調の結果を綜合すると昭和四〇年七月六日警視庁原宿警察署司法警察員警部田代和平は東京都渋谷区千駄ヶ谷一丁目三一番地代々木病院に於いて東京簡易裁判所裁判官伊藤太一郎の発した捜索押収令状に基き別紙目録(二)記載の物件につき押収したこと及び右捜索押収令状には、中田友也に対する公職選挙法違反被疑事件につき右所在地の財団法人代々木病院事務所および中田友也の居室、同人の使用する宿直室、机、物納箱等に於いて一、メモ、日記、会議録、業務日誌 二、患者名簿 三、その他本件に関係ある文書物件を差押えるべき旨が記載されていたことを認めることができる。

(2)  ところで、代々木病院関係の申立は、先づ令状の呈示が佐藤院長がかけつけた途中の段階で呈示して貰つたのであり、最初は呈示がなかつたというにあるものの如くであるが、石垣堅吾を調べた結果同医師が当日の宿直医師で、田代和平から呈示を受けたことを認めているのでこの点の主張は理由がなく、又立会の点は、病院事務室は石垣医師が自ら立会つていたことを認めているのでこの点も問題はなく、外科診察室の捜索の際は石垣医師が立会を拒絶したところ警察官はそれなら立会人を用意して来ていると言つて渋谷消防署員を立会わせて行つたということを供述しているのでこの点も問題はない。石垣医師は外科診察室の立会を断つた理由として佐藤院長が電話に依つてかけつけて来ていたので自分は断つた旨述べ、鹿々保清も佐藤院長は自分は法律のことはくらいから谷村弁護士と一緒でないと立会いを断る旨述べたので消防士の立会で行つた旨述べているから、消防士の立会もやむを得なかつたものと言つてよいであろう。

(3)  尚押収物が関係がない物であるとの点は、

(イ)  退院簿、入院簿(押収品目録一、二、三)は、被疑事実が患者らしきものを戸別訪問したということであつた点からみてその事実を確める資料として関係があると言い得るからこれを押収したことは違法とは言い難い。

(ロ)  東風会名簿(押収品目録四)、外科手術簿(押収品目録九)は関係ない文書又は押収の必要なき文書であるとして返還されているので準抗告の理由を欠き従つてここでは判断をしない。

(ハ)  その他の組合ニユース、斗争情報、ビラ関係(押収品目録五、六、七、八)は若干の関係が認められるのでこれを押収したことを違法ということはできない。尚五号の組合ニユース二部については小石沢光男からそれは自分のものであり中田友也は組合理事者であつて組合員でないから同先生のものでないことは明らかで従つてこれを押収したのは不当であるとの申立もあるのであるが、仮にその通りであつたとしても、令状には中田友也の使用する机から公職選挙法関係の被疑事実に関係ありと認められる文書、物件を押収することを許可する旨記載されているのであつて、誰の所有に属するかは問わないのであるから(その所有者が所有権に基づいて押収者に対してその返還を求め得るかどうかは別問題である)これを押収することはできるのであり、右机は小石沢医師と中田医師とが共用していた机であると認められるからその机からこれを押収したことを目して違法ということはできないのである。

従つて、代々木病院関係の捜索押収物(別紙目録(二))については申立人等の主張は理由ないものとして棄却するが、中田友也宅関係の押収処分(別紙目録(一))は違法不当であるからその限度で本件準抗告は理由があり右部分は取消すべきものとし刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項に則り主文の通り決定する。

(裁判官 熊谷弘)

(別紙)

物件目録(一)、(二)、準抗告申立書(略)

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